モバイル業界の政策を決めるのに、なぜ“有識者会議”が行われるのか?MVNOの深イイ話(1/2 ページ)

» 2018年12月13日 06時00分 公開
[佐々木太志ITmedia]

 11月26日、一つのニュースがITmediaを含む技術系ニュースサイトを賑わしました。総務省が開催している有識者会議にて緊急提言がまとめられ、その中には端末代金と通信料金の完全分離、2年縛りや4年縛りと言った販売方法の抜本的見直し、代理店の登録制度の導入など、これまで行われてこなかった政策が含まれていたからです。

 今回は、ニュースによく取り上げられる「有識者会議」とはどのようなもので、これまでどのような役割を果たしてきたか、今何を議論しているのかを解説しようと思います。

有識者会議 11月26日に総務省の「モバイル市場の競争環境に関する研究会」と「ICTサービス安心・安全研究会」が開催し有識者会議

有識者会議が政策立案に果たす役割

 ここで言う「有識者会議」は、大きく2つのカテゴリーに分類されます。「審議会」と「研究会」です

 「審議会」(委員会、審査会などの名称の場合があります)は、法令(法律や政令・省令)に基づき設置されるもので、総務省といえど気軽に設置できるものではありません。情報通信分野に関連するものとしては、情報通信審議会、情報通信行政・郵政行政審議会、電気通信紛争処理委員会が挙げられます。

 これらの審議会は、学識経験者や実務経験者などそのジャンルにおいて高い見識を持つ委員が任命され、総務大臣から諮問された政策課題について議論を進め、答申を行ったり、電気通信紛争処理委員会のように中立的な立場で問題の解決を目指したりすることが目的となります。

 対して、研究会(懇談会、検討会、タスクフォースなどの名称の場合があります)は、特に根拠法令を持たず、より機動的に議論を行う有識者会議です。そのジャンルにおける有識者が構成員として任命される点は審議会と同じですが、人数は比較的少なく、開催期間も短い場合があります(長期間に渡って開催されている常設的な研究会もあります)。特に短期的に開催される研究会においては、議論すべきテーマがあらかじめ明確で、議論のアウトプットを報告書(取りまとめ等と称されることもあります)として公表することが多いです。

 どちらも、議論においては委員や構成員のみで議論が進められるわけではなく、担当する部局から官僚が事務局として参加し、事務だけでなく論点案の整理などを通じて議論に直接的に関与します。時には大臣、副大臣、政務官などの政治家が参加し意見を述べることもあります。また利害関係者、例えば事業者や業界団体、消費者団体等が議論に際し意見を求められることもあります(ヒアリング等と呼ばれます)。

 このような有識者会議から出てきた「答申」「報告書」は、以後の政策に反映されていきます。このような有識者会議を行わず、国会による法案審議だけで政策が実現するとすれば、国会は非常に重い役割と責任を負担することになります。もちろん国会で長期間かけて専門的に審議することが求められるような重要な政策もありますが、全ての法案においてそれができるわけではないので、まず有識者が議論をし、その結果に基づき官僚が法案を成文化、国会が法律として成立させ、細かいところは政省令やガイドライン等で定めていく、というのが日本における政策化の一連の流れとなるのです。

「包括的検証」とは何か

 このような政策化は、総務省のみならず政府のあらゆるところで行われていますが、情報通信分野でも日常的に有識者会議が開催され、その結果としてさまざまな政策が実現してきました。

 ところで、2018年に行われている議論はやや特別な重みを持ちます。なぜ特別なのか、それは今から8年前にさかのぼります。

 2010年、情報通信分野の最大のトピックは昨今のようにモバイルではなく、光ファイバーの在り方でした。ソフトバンクの孫正義CEO(当時)が提唱する「光の道」構想(全国のメタル回線によるアナログ通信網を全廃し、光ファイバーに置き換えることで全国津々浦々を一気にブロードバンド化しようという構想)を受け、当時の原口総務大臣の下、総務省に作られた「グローバル時代におけるICT政策に関するタスクフォース」という「研究会」が開催されていました。

 このタスクフォースの下に置かれた部会のうち、2つの部会が11月に合同で発表した取りまとめ(報告書)では、「光の道」構想を推進していくことがうたわれています。その報告書を受けて総務省が発表した「光の道構想に関する基本方針」という文書には、報告書に基づき法律を改正していくこと、その制度整備の3年後をめどに包括的な検証を行うこと、という文言が盛り込まれました。その後の国会で可決成立した「電気通信事業法及び日本電信電話株式会社等に関する法律の一部を改正する法律」には、その附則の中で3年後の検証の実施が定められました。

 この法律は2011年に施行されたので、3年後の2014年に改めて電気通信事業法改正の実施状況を検討することが定められた、というわけです。

 2014年、この検討をするための体制として、総務省は研究会を使うのではなく格上の情報通信審議会を活用しました。そして、3年間に起きた政権交代後に既に下火となっていた「光の道」構想の検証ではなく、安倍内閣が主導して前年に策定されたばかりの「日本再興戦略」に従った、より広い「包括的検証」が諮問されることになったのです。

 新藤総務大臣(当時)から「2020年代に向けた情報通信政策の在り方」を諮問された情報通信審議会は、この問題を議論するための受け皿として時限的な「2020-ICT基盤政策特別部会」と、その下部組織の「基本政策委員会」を立ち上げ、積極的な議論を開始しました。その後、諮問への答申を受け、国会は翌2015年に「電気通信事業法の一部を改正する法律」を可決し、2016年に施行されたのですが、この法律にも、引き続き3年後の検証の実施が附則として定められたのです。

第九条 政府は、この法律の施行後三年を経過した場合において、この法律による改正後の規定の施行の状況について検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて所要の措置を講ずるものとする。

 この3年後こそが2019年であり、このあらかじめ決められたスケジュールに従い、2018年から電気通信事業法の2回目の「包括的検証」がスタートした、というわけです。

今回の「包括的検証」のテーマ

 今回の包括的検証のテーマは「2030年頃を見据えた新たな電気通信事業分野における競争ルール等」です。3年前に2020年代に向けた情報通信政策を諮問したばかりなのに、もう2030年頃を見据えるとは若干気が早い気がしますが、国際電気通信連合でも電気通信標準化部門(ITU-T)に2030年のネットワークを考えるグループ(FG NET-2030)を2018年に設置しましたし、5Gが未来のテクノロジーではなくなりつつある中、世の中の流れはそんなものなのかもしれません。

 具体的には、以下の7つのテーマが掲げられています。

  • テーマ1……通信ネットワーク全体に関するビジョン(担当:情報通信審議会、電気通信事業政策部会、特別委員会)
  • テーマ2……通信基盤の整備等の在り方(担当:情報通信審議会、電気通信事業政策部会、特別委員会)
  • テーマ3……ネットワーク中立性の在り方(担当:ネットワーク中立性に関する研究会)
  • テーマ4……プラットフォームサービスに関する課題への対応の在り方(担当:プラットフォームサービスに関する研究会)
  • テーマ5……モバイル市場の競争環境の確保の在り方(担当:モバイル市場の競争環境に関する研究会)
  • テーマ6……消費者保護ルールの在り方(担当:ICTサービス安心・安全研究会、消費者保護ルールの検証に関するWG)
  • テーマ7……その他必要と考えられる事項(担当:特になし)

 面白いのは、テーマ1と2については諮問を受けた情報通信審議会が見るのですが、テーマ3〜6については情報通信審議会が直接議論するのではなく新設の研究会が担当し(テーマ6のみ、既設の研究会の下に新設のワーキンググループを作り対応)、その報告をもって情報通信審議会が答申をするという連携構造にあります。

モバイル市場の競争環境に関する研究会 図版は総務省資料から引用。ここで、冒頭の「緊急提言」に戻ってみると、これを発表したのは、図の「モバイル市場の競争環境に関する研究会」と「ICTサービス安心・安全研究会 消費者保護ルールの検証に関するWG」の2つの研究会です

 このうち、「ICTサービス安心・安全研究会 消費者保護ルールの検証に関するWG」は新設のワーキンググループですが、ICTサービス安心・安全研究会では過去に別のワーキンググループで「一括0円」「実質0円」を規制するなど端末と通信の分離や消費者保護の拡充にずっと取り組んできました。また「モバイル市場の競争環境に関する研究会」も、形的には新設ですが公正な競争環境の実現については過去から継続的に議論されてきたテーマです。このような過去の議論の蓄積があり、これら2つの研究会は今回の検討の中では比較的直近の問題を担当していたからこそ、このような緊急提言を速やかにまとめることができた、といえるのかもしれません。

 ただ、今回の「包括的検証」のゴールはこの「緊急提言」ではなく、あくまで情報通信審議会からの「答申」とそれを受けての法令改正となります。この後、引き続き1〜7の課題について2019年6月の中間答申、12月の最終答申に向け各有識者会議での議論が進んでいくものと思います。

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