インタビュー

ドコモ吉澤社長に聞く、料金値下げ論や楽天モバイルの動き、5Gの考え

本誌20周年、吉澤社長思い入れの機種も聞いてみた

NTTドコモ吉澤社長

 新型コロナウイルス感染症の影響で社会の変化が促される中、5Gサービスの開始や楽天モバイルの新規参入などの出来事があった日本の携帯電話業界。NTTドコモの吉澤和弘社長が本誌インタビューに応じ、現状と今後を語った。

 また本誌が創刊20周年となったことにあわせ、この20年で吉澤社長にとって一番心に残った機種は? という質問もぶつけてみたので、本稿後半をぜひご覧いただきたい。

官房長官の「料金引き下げの余地あり」は?

――6月30日、菅義偉官房長官が携帯電話料金について「大幅な引き下げの余地がある」と語りました。どう受け止めていますか?

吉澤氏
 総務省から内外の価格調査が発表されましたよね。シェア1位の携帯電話事業者の比較という面で、確かにあのレポートは事実です。

 それは真摯に受け止めなければいけない、もっとお手頃な料金になるよう努力しなければいけないと思います。

総務省のレポート。ドコモの料金は年々下がっているが、海外との比較では高額な水準にある

 ただ、お客さまは、ほかの料金プランを選べます。また、家族で契約して2回線、3回線の契約で割引もある。当社のお客さまの85%が2回線以上で契約いただいています。そうした点は、(総務省のレポートでは)考慮されていません。

 料金の背景として、通信の品質、エリアの広さや速度、アフターフォローといった点があるのですが、そういう要素も(総務省のレポートでの)比較対象になっていません。

 また当社だけではなく、MVNOさんのサービス、セカンドブランドの携帯電話サービスなどもたくさん選択肢があります。そうした点での比較はどうなのか。

 もちろんお客さまの要望もありますので、政府からの指摘もあり、総合的に見て、料金は常に見直していきます。

 2019年6月に新料金プランを出し、最大2割~4割の値下げを実施しました。2回線、3回線で契約するボリュームゾーンでは実際に下がっています。

――その比較されやすい1回線の価格への対応は喫緊の課題ではないのでしょうか。

吉澤氏
 複数回線の利用にある程度焦点を当てているのは事実です。確かにおひとりでの契約もあり、そこをどうとらえるか。

 料金プランを下げるのは一番わかりやすいでしょうが、それをどう考えるか、でしょうね。

サブブランドへの考え方

――競合他社はセカンドブランド、サブブランドを擁しています。以前から、吉澤さんは、ドコモとしてサブブランドは取り入れない考えを示していましたが、変わりはありませんか?

吉澤氏
 はい、私自身、現時点でサブブランドをやるつもりはありません。

 ドコモには、ライトユーザー向けに、低容量なギガライトをご用意しています。現状の料金体系で(ニーズに)対応できると思っています。

 もちろんいろんな競合他社のプランがあります。たとえば楽天モバイルさんの2980円プランは、通話はアプリを使うといった形ですが、無制限ですよね。

 そこにどう対応していくのか。2980円は、当社プランのギガライト(段階制、2980円~5980円)で一番安い位置です。楽天モバイルさんの料金が発表されたときには、私どもにとってもインパクトがありました。でもまだ、無制限で使える場所は限定的です。

 その場所がぐっと増えて、ローミングに依存しないことになれば、脅威になっていくでしょう。それがいつになるかはわかりませんが、注視していきます。ただ、当分は様子見です。

――他のキャリアは、サブブランドで対抗する格好です。

吉澤氏
 サブブランドという存在があって、それが内外の価格調査に取り入れていただけるのであれば、そういうやり方もあるのでしょう。

 サブブランドとメインブランドでそれぞれ20GBのプランを用意すると、いわば一物二価になります。何が違いになるのか、そこをはっきりさせて、サブブランドの意義やターゲット層を見出さないと、我々としても……(踏み出せない)ということです。

 ソフトバンクさんにおけるワイモバイル、auさんにおけるUQ、それぞれが本当に意義が同じなのか。そこを解きほどくということでしょう。私自身はずっとサブブランドを必要ないとしているのは、その意義を見いだせていないということです。

――ユーザーから見て、もしドコモのサブブランドがあった場合、店頭サービスがないなどの違いがあればと。

吉澤氏
 それをもって、どんな効果があるのかというところですね。

――なるほど。MVNOもありますしね。

楽天モバイルの動きをどう分析しているのか

――楽天モバイルはいずれ脅威になるとのことですが、同じ携帯電話事業を営む立場からして、その難しさはどういったところになると見ていますか?

吉澤氏
 直接何か申し上げる立場にはないのですが、(肝は)やはりエリアでしょうか。もちろん今、エリアを拡充されているのは拝見しています。

 携帯電話サービスでは、エリアの広さもそうですし、市街地、地下などを含めて使えること、しっかり速度がでることを担保していかないと、お客さまは評価していただけません。自宅の周囲だけではなく、移動しながら使えるということです。エリアを広げるのはどうしても時間がかかりますよね。

 僕の実感としても、自宅周辺で楽天モバイルさんのエリアが広がっているなと思っています。駐車場の横、ビルの上に基地局が設置されていってます。東名阪だけではなく、その周辺の住宅エリアにもかなり広がっているなと。

 それがあって、本来の意味での競争状況になると思います。

 またauさんのローミングエリアでは5GBということですよね。それも一定の通信量ですが、たくさん使う方にとってはすぐに達してしまう容量でもあります。なんの心配もなく無制限に使いたいというニーズもあるでしょう。あとは1年間、300万人は無料とのことですが、その方々がどう評価されるのかですね。

――先ごろ、楽天モバイルさんは100万件の契約申込数に達したと発表しています。このペースを競合としてどう見ていますか?

吉澤氏
 楽天さん自身は順調としていますが、オンラインでの申し込みですよね。気になるのは内訳です。

 楽天さんとの間でMNPも始まっています。100万件のうち、どれくらいがドコモから転出したのか、具体的な数は申し上げられませんが(笑)、その規模は小さいです。

 楽天モバイルさんのMVNOサービスは、当社回線を利用いただいています。自らのネットワークを構築するということで、MVNOサービスの新規契約は停止されて、MVNOからMNOへの乗り換えが一定数はあるのでしょう。そうはいってもすごく多いというわけではない。

 auさん、ソフトバンクさんからの乗り換えはあるかもしれませんが、やっぱり(楽天モバイル100万件の内訳は)新規契約、いわゆる2台目ということかなと。

 そうしたユーザーの方々が、有料サービスになってから、どういう振る舞いをされることになるのか。

 300万まで無料、700万人で損益分岐点ということですが、(契約獲得の)ペースに関わるすごく大きなパラメーターはやはりエリアの充実でしょう。Rakuten Miniも1円、今はarrowsが1円ということですがそれを実施されて、ということですし。

スマホ売れ行きの現状

――2019年には電気通信事業法の改正があり、割引が2万円までになりました。半年以上経過し、どんな影響がありましたか?

吉澤氏
 ドコモとしては、法改正前の2019年6月から、端末と料金を分離して、補助(端末価格の割引)をやめました。その時点から端末販売数はそこから急激に落ちています。当時、2019年5月末までの駆け込みもありました。

 6月以降に沈静化して、(改正法が施行される)10月まで頑張りましたが、他の2社(auとソフトバンク)はキャッシュバックをがんがん実施していた。その10月以降、販売数は落ちました。

 期間拘束プランで違約金が1000円になった、あるいは期間拘束がないプランを出しましたが、MNPそのものの絶対数はポートイン、ポートアウトは減っています。

――流動性が下がったと。

吉澤氏
 特にMNPに関しては、流動性を高めるのはやはり端末の価格です。それはMNPが開始されてからずっとそういう状況でしたから。

5G契約数は直近で17万件

――この春、5Gサービスが始まりました。法改正で端末割引の上限が設定される中で、今後の広がりに懸念はないでしょうか。

吉澤氏
 5Gサービスは、非常に関心のある方から使っていただけていると思います。直近の契約数は17万件です。4月下旬の決算会見では4万件でしたから、確かに増えています。

 新型コロナウイルス感染症の影響はありましたが、端末そのもののラインアップが徐々に充実してきましたから、契約数は、予定通りかちょっと上という程度です。

 5Gの端末ラインアップは、ハイエンドでちょっと高額なイメージになっているかと思いますが、普及はミドルレンジ、エントリーモデルで何機種か、(今年度)後半で考えていますから。

 それから次のiPhoneがいつ、どうなるかわかりませんが、5Gに対応してくれば、ということで、我々の目標は年度末で250万件としています。

――もう規制の影響は織り込み済みということですね。

吉澤氏
 そうです。2019年度は前年から確かに販売数が減りましたが、2020年度は2019年度とそんなに変わらないかなと。

 とはいえ、3月~5月は新型コロナウイルス感染症の影響で店舗営業を縮小し、販売数が落ちました。平常に戻った6月10日以降、やはり販売数は増えています。昨年度を超える販売数です。戻ったというより計画以上になっています。

――人気はやはり中下位の機種でしょうか。

吉澤氏
 はい、新型コロナウイルス感染症の影響が大きかった時期はシニア層が来店されなくなりました。ドコモとしてはマイグレーション(旧機種からの移行)を注力していましたが、フィーチャーフォンからスマートフォンへの乗り換えが止まりました。

 今は逆に、そのあたり、スマートフォンなどへの機種変更がひとつの鍵になるかなと思います。

 LTEについてはスタンダード機種として、2万円~3万円台で、「Xperia 10 II」「arrows Be4」といった機種をラインアップし訴求しています。まずは(3Gからの)マイグレーションです。

 そして5Gは、あとはarrows 5Gが控えていますが、関心の高い層に使っていただいて、その後、エントリー層に繋げていく。

――次の発表会がいつ、どういう形になるかわかりませんが、5Gのエントリーモデルも期待してよろしいですか。

吉澤氏
 はい、それを目標にしています。今まで通りの発表会もできるかなと頑張っています。

――競合他社は中国メーカーの製品を採用していますね。

吉澤氏
 主にミッドレンジの機種で採用されていますよね。SIMフリーでさらに安いものも出てきています。我々も中国メーカーさんと情報交換や提案など、今まで通りお話していくことになるでしょう。価格や性能を含め、どういう風にしてもらうか、というところです。

5G基地局、計画に変更なし

――5Gの基地局について、ドコモとしては既に前倒しの計画を公表済みです(関連記事)。

吉澤氏
 はい、ただ、4月末の決算では、新型コロナウイルス感染症の影響でエリア計画が遅れるかも、と申し上げました。これは当時、ネットワーク機器の調達、サプライチェーンがちょっと“詰まった”のです。心配したのですが、しかしその後、感染症が収束すると回復し、今は問題なく納入されています。

 4月、5月の遅れは下期に影響するかもしれません。しかし年度末時点での国内500都市、2021年6月1万局、2022年末(2021年度末)の2万局は絶対に完成させます。

――総務省から新たなプランが発表されました(関連記事)。5G基地局を2023年度末までに開設計画の3倍、約21万局にする、というものですが、ドコモの計画に影響しますか?

吉澤氏
 いま申し上げた1万局、2万局という計画は、5G NRでの基地局数です。総務省さんのプランは既存周波数の5Gへの転用を含んだ数字と理解しています。

 私どもは、LTE用の既存周波数を当然活用していきますが、LTE向け周波数を5Gに転用した場合、それを5G基地局にカウントすることは考えていません。

 既存周波数はLTEで用いています。限られた帯域で、5Gに活用できるとはいえ、転用すればLTEがひっ迫しないか。あるいは、5Gのピクトは表示されますが、基本的にLTEとさほど速度は変わらないと思います。

 それを「5G基地局としてカウントする」のはどうなのかなと。お客さまに対して、5Gと表示されていてもLTEと変わらないとしっかり説明しなければ、(一般ユーザーに勘違いを招く)有利誤認と変わらないのでは? とパブリックコメントでも提出しています。

――なるほど。ただ、5Gは使い放題の世界です。LTEプランも大容量になってはいますが、転用とはいえ5Gプランになって使い放題になるという体験になります。転用する5Gにも意義はありませんか?

吉澤氏
 確かにそういう活用はあると思います。でも、やっぱりダウンリンク(下り)の速度が600~700Mbps出るのが5Gじゃないのかと思います。

2021年になった東京オリンピック・パラリンピックに向けて

――NTTグループは東京オリンピック・パラリンピックのゴールドパートナーです。1年延期になりましたが、1年、時間ができたとも言えます。

吉澤氏
 はい、本当にそうですね。もっとコンテンツを充実させるといったことをやっていかねばなりません。

 ネットワーク面でも、5GではSub-6(6GHz帯以下の周波数)はもちろん、ミリ波(届きにくいが大容量・高速通信が実現できる帯域)をもっと活用しようと思っています。

 競技場の無線機にはもう取り付けられていますが、さらに充実できないかと。

 もちろん、競技ごとに、5Gで映像配信するものなどはもうある程度決められていはいるんです。それプラスアルファで何かできないかなと思っています。

 前々から、4K、8Kという高精彩な映像を、ダウンリンクだけではなくアップリンク(上り通信)でも扱い、マルチストリーミング配信して、好みのものを選べる、ということに取り組んでいましたが、それともっと確実に(技術を向上)していくとか。

――2021年夏は、5Gのエリアが500都市、1万局に広がっている予定ですよね。

吉澤氏

 はい、そうなんです。もちろん開催都市である首都圏が中心でしょうが、来ていただく方に5Gのすごさ、良さを見ていただくと。

――観客がどこまで入るのか、というところもあり、モバイル通信を活用した観戦体験にも期待が高まります。

吉澤氏
 その通りです。伝送技術を高めて、リモートでのパブリックビューイングですよね。昨秋のラグビーワールドカップでのパブリックビューイングでは、6画面ほど活用した大画面のものとあって、本当に好評でした。

 新型コロナウイルス感染症の影響を受けて在宅勤務を続けていると、マルチストリーミングで視点を変えてみるとか、臨場感を高めるといった仕組みがもっと必要かなと実感しました。あたかもそこにいるかのような没入感を作り出さないと、満足していただけないのではないかと思います。

 オリンピック・パラリンピックに限らず、鹿島アントラーズ、大宮アルディージャもありますし、先般、阪神タイガースとの業務提携もあります。卓球のスポンサーにもなりました。

――個人的には阪神タイガースファンでして、ドコモさんとの提携には期待しています……! 具体的な施策はまだこれからでしょうけども。

吉澤氏
 あ、そうなんですね(笑)。はい、具体的なものは今後です。でも今申し上げたような試合の見せ方、新しい観戦体験は一緒にやっていきます。ぜひ期待してください。

ケータイ Watch20周年、吉澤社長の選ぶ1台は

――本誌はこの4月、創刊20周年を迎えました。吉澤さんにとって、この20年で、心に残る1台を教えてください。

吉澤氏
 20年ですよね。心に残る一台と言われたら、最初の携帯電話は自分が作ったんで……でもあれはもう30年以上前ですもんね。

 20年で区切ると、10年ほど前のセパレートケータイ「F-04B」です(2010年3月発売)。実はその前の試作段階からちょっと関わっていたんですよ。直接、開発に携わっていたわけではないんですが、その段階から見ていた機種なんです。

F-04B

 発売直後から、業務用としてすぐ手にして、3年くらい使いました。3年の間には、スマートフォンも登場してきましたので併用することになりました。

 F-04Bは、試作段階からどうやってセパレートするか、と苦労していましたね。磁石でやるとすぐ離れちゃう。結局、パチっとはめてスライドする機構になりましたよね。QWERTYキーとしても使えて。

 一番面白かったのは、オプションのプロジェクターですよ。飲み会なんかで「ほら、これ見てくれよ」とやったりね。いろんなところでウケました。

 販売台数がすごく出た! という機種ではなかったのですが、やっぱり心に残ってます。

 あとは2画面の「MEDIAS W」も思い出されますね……。ZTEやLGの2画面スマホもありますが、その先駆けじゃないでしょうか。

――サービスではいかがでしょう?

吉澤氏
 今の当社の「会員基盤を事業戦略の軸にする」(関連記事)というところで、dポイントですね。

2018年4月の決算説明会で披露された「会員基盤」を軸とする事業戦略の転換を示す資料

 昔はドコモの商品にしか使えませんでしたが、共通ポイントにして、今や7500万会員という規模になりました。

 共通ポイント化にあたっては、社内でも「なんで他社で使えるようにするんだ」とものすごい抵抗があったんですよ。でもこういう時代でパートナーと一緒にやることで、パートナーにも我々にもメリットがある、原資を出してもいいじゃないかと。

 楽天ポイント、Ponta、Tポイントなどがありましたが、今やそこで競争が起きているわけです。

 共通ポイント化したdポイントは2015年5月に発表しましたが、検討はその2年ほど前から実施してきました。

 今や、会員基盤の上にサービスを作る、デジタルマーケティングを進めるといった取り組みに繋がっていますので、印象に残ってますね。

――ありがとうございます。では、今後20年……は難しいところですので、ざっくり未来に実現してほしい技術、端末、サービスを教えてください。

吉澤氏
 5G、さらに次の6Gを考えるとデバイスがどうなるのか。

 ネット空間へのアクセス、表示のデバイスって、2000年ごろは、iモードが登場していましたが、主流はパソコンでした。

 2010年ごろはスマートフォンが広がる世界になりました。2020年はスマホが中心ですが、今後、当社の掲げる「マイネットワーク構想」じゃないですけども、AR(拡張現実)、VR(仮想現実)、MR(複合現実)といったXRですよね。

 当社はMagic Leapさんと組んでいますが、今はネットとのゲートウェイ(スマートフォンやWi-Fiアクセスポイント)が必要です。できれば3年、5年後には、ゲートウェイなしになって欲しい。2030年代にはもうゲートウェイは要らない。ウェアラブルグラスに5G、バッテリー、視野角の広い大画面が搭載される。そうなるでしょうし、(ドコモとしても)やらなきゃいけないですね。

――なるほど、ありがとうございました!