インタビュー

「接触確認アプリ」開発の舞台裏とは――平将明副大臣ロングインタビュー

個人情報なし、位置情報なし、インストールも陽性報告もユーザー任せになった理由

 約1000万件のダウンロードに達した「接触確認アプリ COCOA(ココア)」。

 その道筋を整備した内閣府の「新型コロナウイルス感染症対策テックチーム」をリードする平将明内閣府副大臣、そして内閣官房IT総合戦略室の吉田宏平内閣参事官、内閣官房新型コロナウイルス感染症対策推進室の勝俣良太参事官補佐が、グループインタビューに応じた。

平将明 内閣府副大臣

COCOAの特徴

 6月19日に登場した「COCOA」は、厚生労働省が開発、提供するアプリだ。テックチームは、COCOA開発の前段階として、仕様策定の段階で中心的な役割を果たした。そうしてでき上がった「COCOA」にはいくつかの特徴がある。

 ざっくり言えば、ユーザーが誰なのか、どこにいるのか、アプリ側はわからない。つまり個人情報や位置情報を取得しないのだ。

 陽性と診断されれば、アプリから報告できる。しかし、決して義務や強制ではない。

 そもそもアプリを入れるかどうかも、ユーザー次第だ。

各国との比較

 他国のアプリと比べると、ドイツやスイスなどは同等だが、シンガポールやオーストラリアは、電話番号の取得などが盛り込まれている。

 もっともプライバシーに踏み込むのは中国で、当局がユーザーの位置情報、決済情報などまで把握できる。

テックチームでの取り組み

 勝俣氏によれば海外では、2月~3月ごろ、新型コロナウイルス感染症対策として、ITツールの活用を求める声が政府や技術者などから挙がっていた。日本でも4月6日に、テックチームが設立。

勝俣氏

 その段階で、シンガポール政府の「Trace Together(トレーストゥギャザー)」アプリが存在し、スマートフォンを活用して感染経路を特定する、という考え方が現実化していた。

 日本でも、テックチーム設立当初から、そうしたアプリを検討することが、重要課題に位置付けられた。

 現在は、「COCOA」というアプリひとつだけだが、これは、グーグルとアップルが提供するAPIが「各国1アプリ」という仕様にしたため。それまでテックチームでは、複数の団体によるアプリが併存すると想定していた。

 そのグーグルとアップルが提供するAPIが、個人情報などを用いない、という仕様にしている。では、なぜ政府がそのAPIを使うことになったのか。

平副大臣、「日本流のオプトイン/オプトイン」

平 副大臣
 今回、テックチームの事務局長として、さまざまな取りまとめをしました。

 アップルやグーグルの仕様書が出れば、そちらでもお話しましたし、リアルな生態系(保健所、各省庁など現実の行政機関)とどう合致させるか。

 テックと各省の調整や仕様書の決定などで責任者として対応したことになります。

 新型コロナ対策と経済活動をどう両立させるのか、という大きな命題があります。いろんなツールがあるなかで、接触確認アプリが最も有効だと思っています。

 日本流の“オプトイン/オプトイン”(インストールも報告もユーザー自身が決める)という基本線は曲げずに取り組んでいきたいです。

接触確認アプリ、ビッグデータ蓄積もしていない

――アプリはプライバシーを重んじるとのことで個人情報を収集しないとのことだが、匿名化されたデータも含めて収集できない、ということでよろしいですか?

平 副大臣
 アプリではビッグデータの蓄積はできません。

中国とは「哲学が違いすぎている」

――中国の事例、かなり成功したと思います。現地の知人はプライバシーよりも安全だろう、データを国に預けることが安全に繋がることを学習したと語っていた。もちろん私権の制限という見方もあり、プライバシーの問題は自由主義から避けては通れない話ですが、中国が成功しているとすれば、学べる点はありますか?

平 副大臣
 実は2019年の大阪で開催された「G20」から話題になっていますが、個人情報をどう捉えるかによって、世界経済のルールが分かれ、ブロック経済化する懸念があります。

 日本は、「Data Free Flow with Trust (DFFT)」、つまり信頼感のもとに、できるだけデータを自由に流通させようという考え方です。

 それは、完全に中国と我々はフィロソフィー(哲学)が違いすぎています。

 中国共産党が見ようと思えば何でもデータを紐づけられると聞いています。そういう国家体制のもと、ビッグデータとかIOTをフル活用して、たとえば交通違反がなくなったり、置き引きがなくなったりして、中国の方々も実感されているでしょう。

 でも、そのうらはらにリスクも非常に大きいと思っています。今回の接触確認アプリも中国が一番マッチョ。日本とドイツが一番プライバシー配慮した格好です。

 その中間で、中国側に韓国、その次でシンガポールがある、といった形です。

 もちろん日本でのアプリ開発に向けて、いくつかのオプションはありました。

 私も個人情報保護委員会と意見交換をしたんですが、特例があるんですね。公衆衛生面で、感染症で国家の危機的状況では、本人の同意を得なくても「第三者に情報を渡せる」特例措置はあるんです。でも我々は、アプリのインストールを強制することはできません。

 アプリのインストールもオプトイン(ユーザーが同意する)だし、陽性報告もオプトインです。

 若い人たちといろいろ意見交換したのですが、インストール途中に、あれもこれもとフォームに入力するようなものは断念しちゃうと。そのあたりのハードルをすごく低くしました。

 中国に学ぶところはあるか、という指摘でしたが、新型コロナの脅威にあっても、どうやって自由主義や民主主義、プライバシーの配慮を維持するのか、という結構大きな命題を背負いながら、アプリの開発を進めたわけです。

 私は、「この仕組みでやりたい」と決めた事務方の責任者です。今は政府の一員ですが、コロナがあったからといって中国のような社会になるのは、国民のひとりとしてもまっぴらごめんなので、この仕組みにしました。

 その一方で、中国にはいろんな知見が貯まるでしょう。それは、国際社会へ、しっかりフィードバックをしてくださることをお願いしたいです。

陽性報告について

――陽性者に向けて、HER-SYS(ハーシス、厚生労働省の『新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理システム』の略称)から処理番号が発行される際に、アプリで登録してと案内していますか?

吉田氏
 保健所から、処理番号を渡す際にお伝えしています。「COCOAを入れていますか? まだならインストールを」と。このやり取りは電話でしています。

通知例(iOS版COCOAのFAQより)

吉田氏
 陽性者には、処理番号がHER-SYSから発行されます。この番号をいくつ発行されたかわかりますが、誰に対して発行されたのか、どこの地方でどれだけ出したかも把握できない仕組みです。

――HER-SYSは、一部の保健所や医療機関ではFAXを使っていますが、HER-SYSでは全ての感染者情報を一元化し、処理番号の発行はできていますか?

吉田氏
 できています。

平 副大臣
 システムの接続で、いくつかの自治体で問題があります。そのため自動処理でまだ繋がっていません。ですが、HER-SYSの仕組みは毀損されていません。

吉田氏
 一部の自治体でHER-SYSとの連携ができていないのは事実です。早晩解決されると聞いています。現在は国が代行して入力しています。

――陽性登録から検査に繋がった、いわば成功事例はどれくらいあるのでしょうか。

平 副大臣
 テックチームでは把握していません。(知っている事例は)報道ベースですね。

――陽性報告することが怖い、という声があります。

平 副大臣
 さまざまな反応を見ていると、陽性報告が一番、目詰まりしやすい構図だと把握しています。でも義務、強制的にと一足飛びにすることはありませんし、後から変えることもしません。

 ではどう解消するかは、省庁横断で取り組みたいですが、現時点で具体的なものはありません。

アプリをどう広げる?

――今後、アプリの利用を促進するため、何らかのインセンティブを付与するですとか、何か手段を考えているのでしょうか。

平 副大臣
 政府から直接ということはありません。

 ただ、間接的に期待できるのは「経済活動」と「新型コロナ封じ込め」をどう両立させるか、という点です。

 たとえば一部の宿泊施設では、COCOAをインストールすれば宿泊代を割引する、という報道がありました。

 もしくは、キャッシュレスと連携とさせるという話も聞いています。もし実現すればポイント還元というやり方もあるでしょう。

 みなさんインストールされれば、安心が広がりますし、リスクもコントロールできるようになります。ここが一番大きいですね。「みんな入れてるんだ」となれば、お店に入りやすいし、たまに割引があると。

――民間とはどう協力していきますか? 携帯会社はユーザーへの案内を配信しましたが、サポートは厚生労働省へ、としています。

平 副大臣
 経団連などを通じてお願いをしています。通信事業者から案内を出していただきました。(アプリとは別に)人流データも通信各社から公開していただいています。

 先日、テレビ出演した際にも、通信各社、交通機関の持つデータで、活用できそうなものはいろんな依頼をしていこうと思っています。

 たとえばJRさんは、駅に来る電車の混雑状況がわかるアプリを提供されています。でもバラバラだと使いづらい。

 たとえば飲食店のガイドラインがあったとして、それを守っているお店を飲食店検索サイトで見つけられるとか。

 経路検索でも、時間や安さだけではなく、空いているルートを案内するとか。

 公的な役割を担う企業にインセンティブを用意することは考えていませんが、今の質問でコミュニケーション不足だと気づきました。厚生労働省は手一杯ですので、テックチームとしてコミュニケーション含めて、何ができるか、検討していきたいです。

グーグル、アップルとの交渉

――グーグル、アップルに対して、日本からどんなフィードバックをしたのか。

吉田氏
 密接にやり取りしていました。初期のバグ解消なども含め、米国本社への問い合わせは常にしています。

 日本の接触確認アプリについては、感染者のサーベイランス(調査監視)の仕組みであるHER-SYSとの連携について密に意見交換をしましたね。

吉田氏

――グーグルとアップルの仕組みは、OSレベルに組み込まれる段階が予定されていると思いますが、そこに向けた動きは?

吉田氏
 当初はAPIで、第2段階でOSレベルという発表だったと認識しています。これについて、直接やり取りしていません。

 ただ、ひとつ言えるのはOSレベルで完結するのではなく、各国の保健衛生当局との連携は必要です。日本で言えばHER-SYSです。ただ、OSレベルになって、アプリが不要になるのであれば、オプトインは守りながら、より多くの方に届くのは良いことだと思います。ただ、詳細は把握していません。

目標「6割」じゃない

――(人口の)6割という数字が独り歩きしているところがあると思います。どう打ち消していきますか。

平 副大臣
 総理が発言されて、僕もびっくりしたんですが、国としての目標ではなく、そういう研究もあるという紹介だったのです。

 私のTwitterアカウントにも、「みんな入れないと意味がない」という声が寄せられています。

 たしか日本大学からシミュレーションが出て、ありがたいと思いましたが、「何割いかないと効果がない」のではなく、1人1人が入れることで、少しずつ効果が積みあがる性質のものだと思っています。

濃厚接触の人数がわかる機能を入れたい

平 副大臣
 今後、実現できるかわかりませんが、当初、コード・フォー・ジャパンさんが仕様書を検討している中では「濃厚接触の人数を確認できる機能を入れよう」という検討もあったんです。

 もし人数がわかれば、たとえばバスで移動していたところ、自転車に変えて(濃厚接触の)人数が減ったとか、混んでる時間を避けて時差通勤したら減った、といったことに繋がりますよね。行動変容を自ら促す仕組みを真っ先に入れたかったのです。

 でもアップル、グーグルの仕様書にはそうした仕組みが含まれませんでした。

 実は両社にはもうレターを出しています。こういうのをやりたいんだと言っている。実現すれば、一人からでも行動変容を促します。定量的にわかりますから。

 新型コロナウイルス感染症は、クラスタ(集団感染)を作らない、3密を避けることが重要な対策です。

 移動距離や、県境をまたぐ/またがないは本質的な議論ではないと思っています。

 「1m以内15分以上」という基準をそれぞれがどうコントロールできるかが重要だと、私自身は思っています。それにかかっていると。

 今後、アップル、グーグルと交渉して、日本のアプリには追加的機能として入れていきたいです。さらに付加されれば、今まで以上に機能するでしょう。

――ちょっとゲームっぽくなりそうですね。

平 副大臣
 そうですよね。当初は、国が作るとユーザーインターフェイスや、ユーザー体験がダサいものになると思っていたんです。だから民間で開発してほしいと。

 たとえば決済サービスを利用するときの音などは気持ち良いですよね。でも、そうした部分について、行政は苦手です。

 とはいえ、接触確認アプリの開発は、アップルとグーグルのAPIを用いること(=厚生労働省がアプリを開発、提供すること)が一番合理的だと、テックチームとしては判断しました。

吉田氏
 当初は、民間からさまざまな接触確認アプリが登場すると思っていました。

 そこで、相互運用性を確保するのが国のやることというつもりだったのです。

 ただ、結果論からすると、グーグルとアップルのAPIを採用していない地域は軒並み苦しんでいます。英国も一時、独自のものを頑張っていましたが、グーグルとアップルのAPIの採用になりました。

平 副大臣
 政治的に言うと、やっぱり、新型コロナウイルスの拡大もあって、各国において、早く実装するというプレッシャーがあったと思います。すでにシンガポールのアプリがありましたから。

 自ら検討してきたものであれば、予定通りのスケジュールで行ける、でもグーグルとアップルの仕組みへ切り替えると、1カ月遅れる。

 実装までの時間を採るか、標準的な規格を採るか。アプリですから、どうしても不具合はあり得ます。OS側とちゃんと協調しないと後々大変だという考えもあります。たとえばバッテリー消費など、いろいろ(課題が)ある。各国悩まれたと思います。

 我々は、5月中旬という目標を掲げていましたが、感染者数の増大が落ち着いてきた時期でしたから、次の感染拡大に備えようと。

 セキュアでちゃんと動くもの、電池がすぐなくならないものにしよう、という政治判断を下しました。ずいぶん遅れたと批判はされましたが、結果的にいい判断だったと思っています。

接触確認アプリのメリット、検査しやすい制度も視野に

――接触確認アプリで通知を受ければ、ほかの人よりも早く検査を受けられる、といった制度にする考えは?

平 副大臣
 現状の制度では、PCR検査受けるかどうかは、ドクターか保健所が判断しています。

 その一方で、各地の医師会を通じて、COCOAがどういうアプリか、しっかりお伝えしています。
 最近ようやく事例が出てきましたが、たとえば「発熱した。アプリから濃厚接触者の通知があった」ということであれば、お医者さんも判断しやすくなります。結果として、PCR検査を受けやすい、という生態系になるよう制度設計しています。

 しかし、PCR検査数には限りがあります。症状が出てすぐ受けられる、という状況を維持できるのか。

 ただ、西村大臣(西村康稔新型コロナ対策担当大臣)も、加藤大臣(加藤勝信厚生労働大臣)も「通知が来たら不安になる。できるだけPCR検査を受けられる仕組みを作りたい」と考えています。

 将来的に、そういうメッセージを出せるよう体制を整備したいです。

日本と海外の違いがわかる機会に

――今回相当プライバシーに配慮した形だが、日本人はまだまだプライバシーに敏感なのか。どんな感触か。

平 副大臣
 ダウンロードが少ないという声もありますが、思ったよりも多いと思います。みなさん意識が高いというか。

 日々の感染者の数への関心もあります。アプリが正しく理解されれば、誤解は払拭されるでしょう。

 私のTwitterアカウントにも「監視社会はごめんだ」「なんとなく怖い」といった声がたくさん寄せられます。できるだけ丁寧にお返事するようにしています。

 わたしがもし会社経営者なら「これを入れて」というと思います。

 なぜ台湾でできることが、米国でできることが、日本でできないのか、という指摘があります。

 それは、台湾の方はみんなICチップ入りの保険証をお持ちですが、日本はなんとなく怖いからマイナンバーカードを持たない。

 米国政府は銀行口座情報を把握していますが、日本政府は持っていません。

 新型コロナの影響で、世界がどうなっているか、知った方も多いでしょう。これを機会に(プライバシー関連も)意識が変わってくるのではないかと思います。

海外との連携はなし

――国ごとの接触確認アプリで、国家間の連携は可能なのでしょうか。

平 副大臣
 国を超えての連携は基本的にはありません。日本へお越しいただいたら、COCOAを入れてもらうしかありません。

――国境、県境を越える際に接触確認アプリが必須になる可能性はありますか?

平 副大臣
 県境に関所を設けるわけでもありませんから、店舗を利用する際にアプリが推奨される、といったイメージです。

――海外との連携は、HER-SYSで対応するのでしょうか? それともCOCOAで進めるのでしょうか。

吉田氏
 国家間のデータ交換の仕組みは不可能ではないでしょう。ただいくつかの前提が必要だと思います。それこそアップルとグーグルのAPIを使っている国とは、接触履歴を引き継げるですとか。

 でも「濃厚接触」の定義は、国によって異なるのです。そのギャップを埋めるのは相当煩雑です。

――今後のロードマップには……

吉田氏
 このアプリによる連携はアジェンダになっていません。

平 副大臣
 あんまり議題になっていないですね。

吉田氏
 それよりも、入国時に、各国で進められている検査、陰性証明をどう確認するかという議論は始まっています。接触確認アプリとの議論とは融合していないです。