地図と位置情報

地図は「未来にも必ず存在している技術」――ソフトバンクが「Mapbox」を本格展開する狙いとは? その強みとは?

ジョイントベンチャー「Mapbox Japan」の幹部に聞く

Mapbox JapanのCBOを務めるBen Truscello氏(画像提供:Mapbox)

 ソフトバンク株式会社が今年5月に開催した法人事業説明会の中で、同社グループが提供する新たなソリューションとして「Mapbox」を発表した。米Mapboxがグローバルで展開している地図情報サービスの開発プラットフォームである。

 ソフトバンクグループはすでに2017年11月、ベンチャーキャピタルであるソフトバンク・ビジョン・ファンドを通じて米Mapboxに1億6400万ドルを出資しており、米Mapboxは2019年7月に日本で事業を開始している。さらに今回、ソフトバンクと米Mapboxとの合弁会社として日本法人の「Mapbox Japan」を今年3月に設立したことを公表するとともに、今後、日本国内でMapboxを本格展開していく方針を示したかたちだ。

 最近では日本エリアの地図データをゼンリン製にしたり、「Yahoo!地図」や「Yahoo! MAP」への地図データ配信を開始したりと、日本市場でのさまざまな取り組みを進めているMapbox。日本法人設立の狙いと今後の展望について、Mapbox JapanのCBO(チーフ・ビジネス・オフィサー)を務めるBen Truscello氏と、CSO(チーフ・ストラテジー・オフィサー)を務める高田徹氏に話を聞いた。

地図は「未来にも必ず存在している技術」――通信ビジネスと切っても切れない関係

 Mapboxの設立は2009年。OpenStreetMap(OSM)のデータをもとにGoogle マップのような地図APIやアプリ開発用のSDKを開発者向けに提供する企業としてスタート。現在はFacebookやTwitter、SnapchatなどのSNSで使われている地図のほか、ニューヨーク・タイムズやワシントンポストなどのメディア、TableauなどのBIツール、物流向けソリューションなどさまざまな用途に地図サービスを提供している。Mapbox自体は一般ユーザー向けの地図/位置情報サービスを提供しているわけではなく、開発者に対して地図プラットフォームを提供する企業として成長してきた。

 「Mapboxは今から11年前に、ロケーションやマップのサービスをグローバル向けに提供したいという思いで始めました。起業して以来、我々は高度なマップサービスや位置情報サービスを提供していこうと努力し続けてきました。設立当初はMapboxを利用する開発者は1000人ほどでしたが、現在はグローバルで約200万、日本では約7000人の開発者に利用されています。当社はユーザーがすばらしい体験を実現するためのマップを提供しており、その利便性の高いサービスはモバイル環境でも利用できます。また、自動車向けのナビゲーションサービスも提供しており、自動車からテレメトリーのデータを収集し、AIを活用して地図を更新する取り組みも行っています。」(Truscello氏)

Mapboxの地図を利用している企業・機関(画像提供:Mapbox)

 「今回、ソフトバンクと共同で日本法人を設立したのは、日本において市場の顧客を知るパートナーを必要としていたからです。顧客の関心の高い分野を見つけて、顧客がどのようなマップやロケーションサービスを必要としているのかを知るのはとても重要です。そのためにジョイントベンチャーを設立し、ソフトバンクが持っている専門性を活用し、我々がさらにそれを拡大してマーケットに進出していきたいと考えています。」(Truscello氏)

 なお、Mapbox Japanの株主はソフトバンクと米Mapboxのみであり、両社は対等なパートナーシップのもと事業を運営しているという。

 CSOの高田氏は、「Yahoo! JAPAN」を展開するソフトバンクグループのZホールディングス株式会社の投資会社であるZコーポレーション株式会社の代表取締役社長(COO)であり、ソフトバンク株式会社の事業開発統括技術投資戦略本部長も兼務している。

Mapbox JapanのCSOを務める高田徹氏(画像提供:ソフトバンク)

 「Mapboxはソフトバンク・ビジョン・ファンドが投資した会社で、2019年夏に日本でビジネスをスタートしました。その後、まずはYahoo! JAPANに技術提供を行う契約のもとに、ウェブ地図サービス『Yahoo!地図』および地図アプリ『Yahoo! MAP』の地図表示システムをMapboxに変更するなど、地図系のソリューションをMapboxに切り替えていきました。当時、私はYahoo! JAPAN側でそのプロジェクトに関わる中、日本で求められるサービス品質やサポート体制などを考えると、ソフトバンクとMapboxが手を合わせることで、よりビジネスを拡大できる可能性があると考えて、2020年3月30日にジョイントベンチャーというフォーマットにパートナーシップを更新しました。」

 ジョイントベンチャーというかたちが良いと思った理由は、ソフトバンクのベースは通信会社であり、これから5Gや、5Gをベースにその特性を生かしたIoTの世界がどんどん加速していく中で、地図という情報技術が通信の分野と切っても切れない関係にあると考えたからです。情報の伝達方法として、地図の歴史はおそらく検索エンジン並みに昔からある情報伝達法であり、紙の時代からPC、インターネット、携帯、スマートフォンと進化して、これから車やスマートグラス、VRなどへと発展していく中で、未来にも必ず存在している技術だと認識しています。それならば、むしろソフトバンクとMapboxが単独でそれぞれ取り組むよりも、我々の力を結集したほうがより良いサービスを日本のお客様に提供できるのではないかと考えました。ソフトバンクのグループ会社には地図を使っている会社が多いので、グループの中からも新しいユースケースが作れると思いますし、そのユースケースをさらに発展させて外部のお客様に対しても展開できると思います。」(高田氏)

「Yahoo! MAP」(画像提供:Mapbox)

Google マップなど他社製サービスに比べてMapboxが優れている点は……

 それではMapboxの地図サービスは、Google マップなどの他社製サービスに比べて、どこが優れているのだろうか。

 「Mapboxが提供する地図の強みは、デザインを完全にカスタマイズできる点にあります。地面や道路、建物などのデザインを形から色まで、用途に応じて異なるスタイリングで提供できるのがコアな能力です。この強みを生かしたユースケースとして、1つは小売業があります。ユーザーに対して、どこに店舗があるのかを、企業ごとに独自のスタイルで見せることができます。もう1つはメディアでの活用です。最近では、世界中で新型コロナウイルスの統計情報を地図上でいかに表示するかが重要となっています。現在、Mapboxの地図を使った新型コロナウイルス関連のウェブサイトは世界で230ほどあり、その中にはニューヨーク・タイムズやUSAトゥデイなどが含まれています。データジャーナリズムの普及により、メディアの分野では地図や位置情報が重要度を増してきており、それは日本市場でも同様です。」(Truscello氏)

 「Mapboxの地図はデフォルトのデザインをそのまま使うのではなく、カスタマイズすることを前提に作られており、簡単にカスタマイズできる専用ツール『Mapbox Studio』も用意されています。このツールでは、道路や建物の色、注記の書体やサイズなどを変更して、さまざまなニーズに合わせた専用の地図を作りやすく、かつメンテナンスしやすい構造になっています。カスタマイズできる余地はとても大きく、例えばTwitterとFacebookで提供されている地図をMapboxが提供している事実を、おそらく多くの人は知らないでしょう。もしかしたらTwitterやFacebookが独自に作っている地図だと勘違いされている方もいるかもしれませんが、それくらいカスタマイズの自由度が高いのです。」(高田氏)

地図デザインのカスタマイズツール「Mapbox Studio」。地面や道路、建物、水部、アイコンなど地図の各所の色を細かく変更可能で、ズームレベルごとに地物や注記の見せ方を細かく変更できる
MapboxのウェブサイトにてFacebookやSnapchatなどさまざまな事例を紹介

 「Yahoo!地図」だけでなく、「Yahoo!天気」や「Yahoo!カーナビ」などでもMapboxの地図システムに置き換わっており、最近ではPayPayのアプリでもMapboxの地図が使われている。

 「ソフトバンクグループの中では、『Yahoo!地図』が各サービスに対して地図技術を提供している構図になっていて、現在、そのベースの技術をMapboxに切り替えているところです。地図はあらゆるコンテンツに関連する情報フォーマットなので、今後は『Yahoo!ニュース』の中で使うかもしれないし、『Yahoo!ショッピング』や『Yahoo!トラベル』の中で使われるようになるかもしれません。また、ソフトバンクは通信会社として、物流や建設などの領域の顧客に対してサービスを提供しています。例えば物流業界であれば、配送トラックの現在地を地図上で見せるなど、地図を組み合わせたほうがより課題解決につながることも多いので、そのようなソリューションを1つ1つ作り上げていくことも考えられます。また、海外ではUberとかLyftとか、エージェントが大量にいるようなサービスのユースケースも引き合いが多いです。地図には、そこに重ねる情報が必要であり、その情報が携帯電話から得られるデータの場合もあるし、IoTデバイスや何らかのセンサーかもしれない。そのような組み合わせ方を想定しています。」(高田氏)

地図上にさまざまな情報を重ねてデザインをカスタマイズできる(画像提供:Mapbox)

 現在のところ、Mapbox Japanの最大の顧客はYahoo! JAPANと言えるが、実はMapboxが2019年に日本市場へ本格的に進出する以前から、オンラインサインアップにより数千人の日本人開発者がMapboxのサービスを利用していたという。それらの開発者は法人も個人も含まれている。現在の料金体系は、ウェブの場合は月に5万アクセスまで、モバイルアプリ用SDKの場合は2万5000ユーザーまでは無料で、それ以上は規模に応じて料金が変わる。

 「フリープランで使用されている場合もあれば、きちんと営業マンを配置してサポートしている契約もあり、無料で使用している開発者も含めると日本では現在7000人ほどの開発者が使用しています。Yahoo! JAPAN以外での日本でのユースケースで代表的な事例としては、ちょうど設立時に新型コロナウイルスの問題が起きたため、感染者数の情報を地図上にマッピングするために日経新聞さんが利用しました。Mapboxが採用されたのは、感染症情報を表示するのにカスタマイズしやすく、用途に合っていたのが理由だと思います。Mapboxはデータを地図に重ねて表示する場合の表現の自由度が高いだけでなく、移動の経路を表現する場合にも優れています。」(高田氏)

日本経済新聞「新型コロナウイルス感染 世界マップ」(2020年7月25日更新)

「PayPay」アプリに地図・ナビ機能の搭載も!?お店までの“AR道案内”も可能

 前述したようにMapboxはOSMのデータをもとにした地図を提供する企業としてスタートし、現在でも世界中の多くのエリアではOSMのデータを使用しているが、日本においてビジネスを本格展開するにあたっては、ゼンリンの地図データを使用する契約を結んだ。ただし、地図のメンテナンスにはゼンリンの地図データに頼るだけでなく、スマートフォンから得られる移動経路情報も活用している。

 「MapboxのルーツはOSMにあり、グローバルな道路データや住所情報、建物の形などはOSMを使用している部分が多いのですが、日本についてはゼンリンのデータが非常にパワフルであり、顧客にとって価値が高いので、こちらを使うことにしました。我々は今後もOSMのコミュニティを継続してサポートしていきたいと考えていますが、日本エリアについては、全てのユーザーにゼンリンのマップを見ていただくことになります。」(Truscello氏)

 「MapboxのSDKを利用したアプリでは、匿名化した位置情報データを収集し、それを地図のメンテナンスに活用しています。道路の新規開通情報を得るのは意外と大変で、特に日本では最近、オリンピックで建設ラッシュだったため、知らないうちに新しい道路ができているという状況が続いていました。スマートフォンから得たユーザーの移動経路情報を使ってAIで解析することにより、ゼンリンからの情報では更新が追いつかない部分を補っています。また、道路の開通情報だけでなく、場合によっては、移動する方向なども解析することで、道路が一方通行であることを判別することもあります。」(高田氏)

ゼンリンの地図データがベースとなっている「Yahoo!地図」

 このほか、Mapboxは自動車向けナビゲーションSDKやAPIを提供するほか、カメラが映した実写映像にナビゲーション情報を重ねて表示させる「Vision SDK」も提供している。

 「日本以外の国では、すでにMapboxのナビゲーションサービスを利用している企業があり、それはドライバーへのナビゲーションとフリートマネジメント(車両管理)の両方で使用されています。中にはMapboxのマップを利用せずにナビゲーションエンジンだけを使っている顧客もいます。MapboxのナビゲーションSDKの優位点は、アプリ内で直にナビゲーション機能を提供できるため、別のナビアプリを起動させることなく1つのアプリ内で完結できる点です。今はまだ提供していませんが、例えばPayPayのアプリ内で、PayPayに対応している店に行きたいと思ったときに、PayPayアプリ内で実際にルートを見せて案内できるようになります。また、当社のナビゲーションサービスは、細い路地をルート案内から除外するなど、フリートマネジメントやタクシー、ライドシェアなど用途に応じた最適なかたちで案内できるように開発者がコントロール可能な点もユニークです。

 Vision SDKは、スマートフォンのカメラのレンズを通して道を見ることが可能で、ナビゲーションの表示がARで表示されるので、ドライバーにとっては非常に利便性が高いと考えています。将来的にはこの技術を、自動運転に生かしていきたいと考えており、現在、自動車メーカーと緊密に連携しながらテストを行っています。また、世界の一部地域ではHDマップ(高精度3次元地図)の作成も開始しています。」(Truscello氏)

Vision SDK(画像提供:Mapbox)
「PayPay」アプリ(画像提供:Mapbox)

ウイズコロナ/アフターコロナは「地図のユースケース」が増える――

 地図上で情報を可視化する上でのデザイン自由度の高さが評価され、多くの開発者に支持されているMapbox。日本法人を設立し、いよいよこれから日本向けの本格的なビジネス展開を開始した同社に、ウイズコロナ/アフターコロナにおけるMapboxの地図が果たすべき役割について聞いてみた。

 「ウイズコロナの現在、ユーザーが必要としているのは目的地に着くまでの安全で簡単な道のりを知ることです。空いているレストランへの行き方を知り、テイクアウトの情報を知るために地図は大きな役割を果たします。さらに将来、アフターコロナの時代が訪れたときは、飲食店や店舗がアプリやツールなどを使って顧客を取り戻すために、顧客により適切な情報を提供して戻ってきてもらうのにMapboxの地図は役立ちます。我々も地図をさらに改善させることにより、より良いサービスを提供できるのではないかと考えています。」(Truscello氏)

 「ここまで家の中に居続けるようになると、出歩くという行為自体が特別なものになります。コンシューマーはせっかく外出するのであれば失敗はしたくないということで、より入念に下調べして、現地でなにが起こっているのかを知りたがるようになり、より地域に根付いた鮮度の高い情報を得ようと望むようになります。そのような情報を表現するために、ぜひMapboxの地図を活用してほしいですね。また、企業においても、従来はとりあえず現場に行くことが大事であるとされていたのが、今はそれが難しくなり、そのために遠隔地から従業員やモノをマネジメントするニーズが高くなっています。『今どうなっているのか』というのをひと目で分かりやすく表現するには地図が不可欠で、そのようなユースケースはこれから増えてくると思います。」(高田氏)

 Mapboxでは日本でのビジネス拡大に伴って、現在、スタッフの採用にも積極的だ。新型コロナウイルス感染症の流行により、ジョイントベンチャーとしてオフィスを借りたにも関わらず、まだ全員が集まれていない状態で、Truscello氏も現在はシンガポールから指揮を執っている状態ではあるが、採用の強化を実施している。「現在、一緒に仕事してくれる人を募集していますが、位置情報や地図に興味のある方がいたら、ぜひMapboxに関心を持っていただければと思います」とTruscello氏は語った。

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片岡 義明

フリーランスライター。ITの中でも特に地図や位置情報に関することを中心テーマとして取り組んでおり、インターネットの地図サイトから測位システム、ナビゲーションデバイス、法人向け地図ソリューション、紙地図、オープンデータなど幅広い地図・位置情報関連トピックを追っている。測量士。インプレスR&Dから書籍「位置情報トラッキングでつくるIoTビジネス」「こんなにスゴイ!地図作りの現場」、共著書「位置情報ビッグデータ」「アイデアソンとハッカソンで未来をつくろう」が発売。