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ソフトバンクの「HAPS」、FAAなど法整備やルール策定への取り組みを加速――空からエリアカバーする最新技術の動向は

 ソフトバンクが目指す「HAPS」(High Altitude Platform Station、高高度プラットフォーム)は、成層圏を飛ぶ飛行機から携帯電話やスマートフォンに通信サービスを提供する取り組みで、地上局ではカバーできないルーラルエリアや、災害時などでも通信サービスを提供することが期待されている。

 同社では早くから非地上通信ネットワークの開発を進めてきているが、「HAPS」の商用サービス開始に向けて、現在も技術の開発と並行して、運用のルール作りや許認可についても取り組みを進めている。

先端技術研究所 先端HAPS研究部 部長の西山浩司氏

 同社 先端技術研究所 先端HAPS研究部 部長の西山浩司氏は、研究所内の開発体制について、これまでバッテリーなどのエネルギー関連や機体といった部門で部署が分かれていたが、4月から一つの部署「先端HAPS研究部」で開発を進めていることを明らかにした。

 部署の再編を踏まえてより開発を推し進めるとし、「さらにHAPSに力を入れている」とアピールする。

量産化に向けた要素技術開発

先端HAPS研究部 航空技術開発課の宮川 雄太郎氏

 先端HAPS研究部 航空技術開発課の宮川 雄太郎氏によると、同社のHAPSのサービスでは、地上の携帯電話基地局と同様4Gや5Gの周波数を使用し、デバイスと直接通信できるサービスを目指している。

 日本全土をカバーするためには、30~40機が必要で、継続的なサービスを提供するために、機体は「リーズナブルな価格に抑えなければならない」と指摘。一方で、飛行環境や運営環境などさまざまな条件を満たす機体としなければならず、機体を軽くしつつシステム全体として電力効率の向上に努めなければならないと話す。

 量産化に向けた要素技術として、機体の大型軽量化や構造の最適化、モーターやバッテリーなどの改良を進めているほか、特殊な機体となるHAPSを安全に導入するためのルール作りにも取り組みを進めている。

 たとえば、実機と同等の飛行性能を持つサブスケール機を利用し、“わかっていないことが多い”という成層圏での飛行データを収集し、構造設計にフィードバックしている。

 また、空気が薄く放熱効率が悪化する環境でも動くモーターを独自開発し、最適化された部品の開発を進めている。ほかにも、ユーザーのデバイスと通信するアンテナの開発や、成層圏からの5G通信実験の実施、さまざまな気象現象の研究と解析、型式認証の取得に向けた取り組みなどを実施している。

成層圏用のモーター

地上局との通信課題を「光無線通信」で解決

先端HAPS研究部 航空技術開発課の柳本教朝氏

 先端HAPS研究部 航空技術開発課の柳本教朝氏は、地上局とHAPSの通信部分「フィーダリンク」についての課題と解決に関わる技術を説明。海上や砂漠など地上局の設置が困難だったり天候不良で通信ができないリスクや、地上局自体の設置数の問題などもあることから、HAPSの機体同士で通信し地上局との通信をカバーする技術開発が進められている。

 たとえば、衛星とHAPSが通信することで地上局に影響がある地域でもエリア展開を図る取り組みや、HAPS同士がメッシュネットワークのように通信し合うことで、地上局の設置数を少なくできたり、通信不能な地上局を迂回させたりできる。

 ところが、これまで実施している無線通信では、周波数帯域が足りず、高速通信が行えない。同社では、光無線通信技術を活用し、大容量のフィーダリンク確保に向けて研究を進めている。

 光無線通信では、超広帯域で大容量通信ができることに加え、電波法などによる周波数割り当てを受けることなく使用できるため、利用できる周波数帯が多いことが特徴であるという。

 一方で、光無線通信はいわゆるレーザー光線のようなものであり、気象条件を大きく受けるほか、大気による屈折や1対1でしか通信できないデメリットもある。

 たとえば、雲や雨で光線が届かなくなる。また、通信中は相手の受信機にレーザーの照準を常に合わせ続け必要がある。そこで、先述の「リーズナブルな機体」という条件もあわせて、より小型かつ軽量、安価に課題を解決する必要がある。

 HAPSの機体は大気圏を飛行する想定で、光無線通信を活用するには、振動がある中でも追尾できるようにする必要があるほか、双方向通信を重視して開発を進めなければならない。

 先行する宇宙用の技術よりも、さらに高度な技術や装置が必要になるため、同社では、世界初の低軌道衛星(LEO衛星)とHAPSとの間の光無線通信を2026年に実証を行うなど、開発を加速させる考えだ。

 大容量かつ高速通信へこだわる背景として柳本氏は、ユーザーが地上局による通信かHAPSによる通信かを「意識せず」に利用できるサービスを目指したいと語る。

光無線通信装置のモックアップ

成層圏の気象環境

独自のAI技術で成層圏の気象データを高密度化

 HAPSが飛行する場所に成層圏を選んだ理由は、「気流が安定し雲が無く安定して太陽光発電ができるため」としており、地上や対流圏と比較してはるかに安定した環境であるためだという。

 ところが、先端HAPS研究部 航空技術開発課 担当課長の原田智氏によると、成層圏でHAPSの機体を飛ばしたところ、揺れや強風、落雷などの影響が「意外とある」ことがわかったという。また、台風の影響が波となって受けることになったり、長期間飛行のため、粉塵や火山灰が影響したりするなど、成層圏の過酷な気象条件が見えてきたと話す。

先端HAPS研究部 航空技術開発課 担当課長の原田智氏

 もともと、成層圏はこれまで利用が少なかった場所でもあり、気象データ自体も少ないという。たとえば、対流圏であれば数多くの旅客機などで気象観測があるため実観測データが多いが、成層圏では定期的に飛行する物がないため、データは少ない。

 このため、同社では独自のAI技術で少ない気象データの高密度化を進めている。実際にツールを作成して活用を目指しているほか、将来的にはこのHAPS自体が観測データを収集し、天気予報の精度向上が期待できると話す。

法整備はいよいよ本格始動へ

 先端HAPS研究部 航空技術開発課 課長の長内広朝氏によると、同社では業界団体を通じて、HAPS運用のルール作りや、耐空証明といった既存の規則に適合させる取り組みを進めている。

 たとえば、これまで限定されていた周波数や高度について、その範囲の拡大を図るべくITU(国際電気通信連合)へ働きかけを行い、プラチナバンドや2.6GHz帯の周波数が利用できるよう課題検討が進められている。

 機体についても、量産化と耐空証明取得に向けて、米国連邦航空局(FAA)の「型式認証」と「製造証明」の取得を目指す。HAPSの機体自体が、これまでのルールで「特殊」な位置づけのため、証明基準の策定から進める必要があり、FAA会議に同社も参加しながら承認プロセスを進めている。

 実際の運用についても、ICAO(国際民間航空機関)の国際基準に「成層圏国際飛行」を追加したり、無人航空機システムに関する航空当局同士での会議「JARUS」に働きかけ、HAPS向けの航空法を作るためのベースを策定するなど、各国政府の法整備を後押しする対応を行っている。

標準化が重要、商用化の時期は

 「空から通信サービスを提供する取り組み」は、日本の携帯キャリアを含めグローバルで開発が加速している。

 たとえば、光無線通信技術についても、ソフトバンク以外の会社も注目しており、Starlinkを展開するスペースXも衛星同士で光通信を行っている。

 柳本氏は、Starlinkで活用されている光無線装置のスペックは高く、外販することで製造コストを下げることができるという見解を示した一方で、これが広く展開されるかどうかは規格の標準化によると話す。柳本氏は、通信会社としては「どの会社の装置であっても通信できるのが理想だ」とし、宇宙の通信においても標準化が重要な要素の一つとした。

 機体同士がぶつかる危険性についても、法整備やこれからのルール作りでも懸念されているという。一方で、すでに機体同士の位置情報を共有して衝突しないような仕組み作りも検討されているほか、機体をほかの事業者と共有するやり方もあるとし、「地上局の鉄塔共用」のようなものが、HAPSでも行える可能性を示した。

 また、エリア展開についても、エネルギー源を太陽光発電に依存することから当面は赤道付近のエリアでのサービス提供を目指すといい、商用化や日本での展開についての時期は明言しなかった。