9 | 『バグダッド・メッシ 片足のサッカー少年』の本編映像と場面写真5点、監督コメントが公開 | -----------![]() | |
| 2026-07-08 16:20 | ????0? | ||
| 本作は、2015年にアカデミー賞短編実写部門の最終候補作品を⻑編映画化し、第97回アカデミー賞国際⻑編映画賞イラク代表にも選出され、各国の映画祭で最優秀賞を席巻。主演のアフマド・モハメド・アブドラも、第10回ドホーク国際映画祭にて最優秀男優賞を受賞した。本作に比類なき説得力を与えているのは、主演アフマド自身の、5歳の時、テロによって片脚と最愛の父を失った過去にある。そんな彼が、ハムディと同じく、史上最高と称されるサッカー選手リオネル・メッシへの憧れを胸に、不屈の精神で立ち上がる姿は、演技を超えた痛切なリアリズムを体現している。この度公開となった特別映像は、一瞬の爆撃で左脚を失ったメッシに憧れる少年ハムディが、移住先の地元サッカーチームの子供たちと、自身の「入団」を巡って緊迫(!)の取引を行うシーン。舞台は、テレビを所有している家庭が非常に希少だったイラク戦争下の2009年イラクの田舎町。最高のサッカー選手リオネル・メッシの試合が始まろうとするその時、テレビがあるハムディの家には、どうしても試合を観たい近所のサッカーチームの少年たちが群がっていた。片脚のハムディをチームに入れたくない少年たちに対し、ハムディは容赦なく告げる。「もう家に帰ってよ」「僕のテレビだ。決定権は僕にある」 テレビという最強の利権を盾に、一歩も引かないハムディ。少年たちも負けじと「じゃあ机を返せ」と応戦するが、ハムディは「バグダッドでは大勢で見てた。みんなで見たほうが楽しいよ」と、サッカーチームに入るため、必死で交渉をする。メッシの試合をどうしても観たい少年たちから、ついに「ハムディをキーパーにしたら?」という提案が飛び出す。「松葉杖のキーパーか」と最初は難色を示す声もあがるが、ハムディに理解のある少年の一言で、テレビの誘惑に勝てない少年たちはハムディの入団を認める。ハムディのほっとしたような微笑みは、 過酷な現実に直面しながらも、大好きなサッカーとメッシのために逞しく生きる少年の素顔を感じさせる。あわせて新場面写真5点と、監督コメントも到着した。『バグダッド・メッシ』は、これまでの私の作品の中で最もパーソナルな一作であり、心から大切に思っている物語です。戦時下のイラクで育った 私や友人たちは、サッカーに夢中でした。どんな状況に置かれても、私たちは常にボールを蹴り続け、テレビで流れる試合を夢中で追いかけました。サッカーは、耐え難いほど凄惨な現実から私たちを救い出し、何よりも、絶望の淵にいた私たちに「希望」と「喜び」を与えてくれたのです。「情熱があれば、恐怖すら消し去ることができる」……その本当の意味を理解したのは、ずっと後になってからのことでした。イラクで宗派間対立が激化していた頃、私はベルギーで通訳として働いていました。そこで戦争の複雑さ、そして何が「正しく」何が「間違い」 か、という判断がいかに主観的なものであるかを痛感しました。イラクの人々を助けたい一心で働いていたにもかかわらず、「アメリカへの協力者」や「裏切り者」と呼ばれることの意味も知りました。こうした戦争の複雑な側面を、本作の物語にも投影しています。悲しいことに、このテーマは現代の世界において、かつてないほど切実なものとなっているからです。2009年、イラク戦争下のバグダッド。メッシに憧れる11歳の少年ハムディ(アフマド・モハメド・アブドラ)は、仲間たちと泥だらけのサッカーボールを日々追いかけていた。しかし、一瞬の爆撃に巻き込まれ、目覚めると片足を失っていた。夢も自由も奪われ、さらにアメリカの警備会社で通訳をする父を憎む者に家を焼かれてしまった一家は辺境の村へ逃れる。片足を理由に地元のサッカーチームから拒絶され、何もかもが変わってしまった世界で居場所を見失うハムディだったが、閉ざされた少年の心を両親の愛が動かし、もう一度夢を見るために一本の足でも立ち上がろうとする。しかし、戦争という無慈悲な現実はなおも容赦なく彼らに襲いかかる――。 -- ???????? | |||
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